Concept
ロゴマークは素敵な人と出会うための大切なツール
人を見た目で判断するな!と言われても理性ではなく本能的にどうしても見た目で思考してしまうのが人間だ。服装や髪形、住んでいる家や乗っている車などで概ねその人がどんな人なのか、どのような価値観を持って生きているのかおおよそ想像できる。そこを見極めながら人間関係は築かれる。見た目で思考するということは一見直感のようだが、過去の体験と記憶に基づいた脳の適切な判断だろう。(ただそれは決して身体差別的なルッキズムであってはならない。またオクサレ様のように人間の蛮行により不本意な姿に変貌させられた神も存在することを肝に銘じておかねばなるまい。)
企業やお店の顔であるロゴマークも同じで、ロゴマークを見た人の多くはそこからその企業やお店の価値観、雰囲気、考え方やセンスなどを本能的に判断している。そしてそれらに共感してくれた人たちが引き寄せられ集まってくる。つまりロゴマークはよいクライアントと出会うための大切なツールとなり得る。私の考えるよいクライアントというのは、お金持ちや著名人という訳ではなく、同じ価値観やセンスを共有でき、出会うことでお互いがより成長できる、Win-Winの関係を築ける素敵な人たちということだ。そしてそういう方たちと出会えば、自ずとビジネスの質も向上し、ひいては人生までも充実した楽しいものとなるはずだ。
ロゴマークはビジネスマナーの一つであり、姿勢である
「情報のおよそ9割は視覚を通じて伝わる」と言われている通り、大手企業や有名ブランドなどを思い起こすときにまず浮かぶのがロゴマークではないだろうか?ロゴマークは企業や商品の優れた特性や独自性を表象化し視覚的に伝えることで、社会や消費者とよりよいコミュニケーション、よりよい関係を築くことができ、同時に競合企業や商品と明確な差別化が図れるという多角的役割を担っている。
フランス文学者・栗田勇が言うように、言葉や記号の機能は限定的で、理性や論理のメカニズムに訴えるのに対して、ロゴマークはその形から波紋のように無限に広がるイメージの世界へ私たちを誘い、心情全体を動かす力を持っている。
それゆえロゴマークの良し悪しは、しばしば好き嫌いや価値観の問題で判断されるが、ビジネスにおいてそれはいかがなものか。ロゴマークの「質」を「マナー」と置き換えてみるとわかりやすいかもしれない。マナーの良し悪しを通常好き嫌いで判断することはない。マナーは社会や公共の場で人々がお互いに気持ちよく過ごすための知恵であると言え、実はロゴマークの役割や価値と重なる。
またマナーは法的拘束力がない以上、守らなかったとしても裁かれることはないし、他の人に強制するものではない。だからこそより大切にしなければならないもので、服装にしても、食事にしても、対人関係にしてもマナーを守る姿勢にこそ、その人の真の人間性や価値観があらわれるものであり、それが社会的評価や信頼へとつながる。ヘルムート・シュミットの言葉を借りれば、ロゴマーク(デザイン)は姿勢である。
ロゴマークの「質」を向上させることは、社会からの信用を得、企業・ブランドイメージ向上、そして売上向上につながる近道の一つだ。
ロゴマークは「自信」と「誇り」を与えるもの
2012年にIT自体をデザインする全国でも有数の企業「O社」のロゴマークリニューアルプロジェクトに携わった。創業25周年を機にこれからの時代に対応する新たなロゴマークを作りたいと、なんと社員さん達の声で動き出したプロジェクトだ。社内にプロジェクトチームを発足させ、自分たちのデザインは自分たちで決めて行くという体制で進められた。
完成後しばらく経ってチームの方々との慰労会の席でこんな意見が聞かれた。「新しいロゴマークになって名刺をどんどん配りたくなりました。」「お洒落になったね!とよく言われうれしくなります。」「このデザインをきっかけにお客さんとのコミュニケーションがスムーズになりました。」「自信と誇りを持って仕事に取り組めるようになりました。」「今まで薄かった愛社精神が芽生えてきました。」
正直ロゴマークを変えたからと言って、とたんに業績に結び付くかどうかはわからない。服装をお洒落にしたからと言ってすぐに恋人ができるとは限らないのと同じだ。ただ社員の会社や業務対する姿勢やモチベーションが向上していることだけは確かだ。楽しいことを一生懸命やっていれば必ず結果が出る。楽しそうに仕事をやっている人から名刺をもらうと、不思議とその人に仕事を頼みたくなるものである。人生において多くのパワーと時間を費やす「仕事」を楽しむことができれば、それに勝るものはないだろう。
コシノ三姉妹の母・小篠綾子は「本当にいい服は人に誇りと品格を与え、それが希望へつながる。服は着て歩くことでそれに相応しい物事を引き寄せる」と言った。よいロゴマークにすることで「自信」と「誇り」を持つことができ、さらに良いお客さんとも巡り合えることができるということだろうと思う。
つまり我々デザイナーの仕事は、依頼者が「自信」と「誇り」を持ってこれからもっとがんばれるよう、その人に最も相応しい洋服を選んで、着せてあげることかもしれない。


トータルデザインでブランドイメージ向上
iMacやiPod、iPhoneなどアップルの商品を購入するとデザイン性の高さはもちろん、そのパッケージデザインから面がフラットで余計な膨らみや段差が一切ない箱など細部に至るまで、トータルに美的かつ合理的にデザインされていることに気づく。
個人的には食事をするときや洋服を買うときなど商品自体の品質や店員のサービスはもちろん、お店のインテリアやロゴマーク、ショップカード、梱包に使うシール、手提げ袋、メニューやウェブサイトなどトータル的なビジュアルの視点を重視する。なぜならそれらお店が発信するツール類にはお店の理念、感性や価値観であるいわゆる世界観が色濃く反映されているからだ。服装、髪型や持ち物、車や家の雰囲気などでその人がどういう人なのかがある程度予測できるのと同じだ。商品がいくらよくても例えばそれを入れる手提げ袋や手渡されたメニューがダサかったらがっかりする。派手さや豪華さを言っているのでない。ようはセンスと丁寧さだ。我々消費者は商品と共にそのブランドの世界観も合わせて買っていることを忘れて欲しくない。
普段ロゴやチラシなど単体でのデザイン依頼があった場合は、極力トータルデザインをお勧めしている。それだけではデザインの効果が充分に発揮できないからだ。映画で例えるとロゴやチラシなど単体のデザインは役者の一人に過ぎない。いくら役者一人が頑張ってもストーリーはもちろん、脚本家、共演者、カメラマン、美術監督そして監督など制作に関わるスタッフ全員の技術が高くなければ決して良い映画にならず、人に感動を与える作品にはならない。つまり前述のツール類をトータル的に一つひとつしっかりと細部まで、かつ継続的にデザインしてこそ初めて、信頼される企業や商品になり、世の中に「ブランド」として確立されていくのである。
近代建築の巨匠ミース・ファンデル・ローエは「神は細部(ディテール)に宿る」という言葉を残した。優れた作品には人智を凌ぐ秀逸な細部があるという意味で、建築の世界では今でも使われている言葉のようだ。逆に言うとデザインする上で余白のとり方、フォント、紙や素材の選び方、文字の大きさや太さの微調整など細部にまでこだわったデザインは、大袈裟に言えば時として神がかり的なブランドを創り得る可能性があるということだろう。
細部まできっちりデザインされているという印象を消費者に与えられることができれば、高い広告料を払わなくてもそれを見た消費者が勝手に宣伝してくれる。本人がいくら「自分の店はうまいよ!」と言い張ってもどこか信憑性に欠けるが、誰かが「あの店うまいぞ!」って言っている口コミは信頼性があり、何故か信じてしまう。その口コミを生じさせることこそ本来のデザインの役割であり、ブランドの本質だと考えている。
そしてそのブランドを創る上で重要なことが、企業の想いや目的をわかりやすくグラフィックとして具現化することである。


グラフィック、空間、WEB。デザインの三位一体で患者へ安心感を与える。
不意に侘び寂びの世界を堪能したくなり、京都は樂美術館を訪れた。樂美術館には樂家歴代の作品や茶道工芸品、古文書などが収蔵・展示されており、樂家初代長次郎の「黒楽茶碗 銘『面影』」はあの千利休の美意識の最高峰と称されている。残念ながら今回は巡り合えなかったが樂家450年の作陶世界を翫味できた。
千利休と言えば我々の世界では、日本で最初のクリエイティブディレクターと言われている。茶道具をはじめ床の間、花入、裂や扇の紋様の見立てから茶会などのイベントプロデュースまで利休独自の卓越した審美眼を通して、さまざまな新しい試みを茶の湯に持ち込んだ。
中でも利休は待庵に代表される茶室の普請においても画期的な変革を行っている。それまでは四畳半を最小としていた茶室に、庶民の間でしか行われていなかった三畳、二畳の茶室を採り入れたり、窓を採用し茶室内の光を自在に操り必要な場所を必要なだけ照らすなど空間をより緊密にした。また単なる通路に過ぎなかった露地も、積極的な茶の空間とした。こうして茶の湯において茶道具の見立てから茶室の空間に至るまでを利休の美意識と価値観で総合的に差配し、客と一期一会で対峙し得るもてなしの場を作り上げた。


大正14年創業、90年以上続く倉敷市児島のなんば歯科医院。院長の交代を機にロゴマークとウェブサイトの作成及びリノベーションを行った。歯医者さん。子供の頃はもちろん、大人になった今でもどうしても怖いイメージが付き纏い、正直なるべくお世話になりたくない。そうした多くの人が感じる不安や緊張感を取り除き、アットホームでリラックスできる雰囲気づくりをして、新たな患者にも来てもらうことが今回院長の狙いであり、デザインのポイントとなった。
ロゴマークは「n」をモチーフに歯の並びを表現。多色を用いることで楽しさや明るさ、親しみを表現。また円を重ねることで患者との入念な対話や信頼関係、地域との密着を表現。そして院長が4代目ということで、今まで先代が培ってきた歴史と未来へのつながりを表現している。
空間は基本的に化粧板やビニル床タイルなど人工材料は使わず、木を多用している。我々日本人は不思議と木に触れると安心する。古代から集落や歴史的建築物、庶民の農耕具や生活道具にも木は使われてきたからであろう。木に対する安心感は古代から日本人のDNAに連綿と刻み込まれているようだ。谷崎潤一郎も「陰翳礼讃」の中で病院の空間には柔らかさが必要であると語っており、谷崎自身、和の空間がある歯医者へ好んで出かけたようである。
エントランスは明るく開放的で患者が気軽に入れるようにガラス張りとした。また照明器具を少し工夫することで和やかさを演出。「居は気を移す」と言われているが、患者からの評判はもちろん、院長やスタッフも院内の雰囲気が明るくなり、仕事に対するモチベーションの向上を感じているようだ。目立てば良いと我が物顔で景観を阻害しかねない看板を作るのではなく、建物自体が通行人から目を引くような美しい佇まいこそ、最良の看板であり宣伝ではないか。 また不安感を募らせる患者が一番頼りにするのはやはりウェブサイトだ。診療時間はもとより、先生やスタッフの人となり、医院内部の様子や診察風景などは歯医者を選ぶ決め手となる大切なツールであり、医院側としても新規の患者を獲得するには欠かせない存在である。
今回ウェブサイトには商業広告的に演出されたモデルや市販されている画像素材集を使うのではなく、スタッフや患者の自然体で表情豊かな生の写真を使用しており、患者一人ひとりを大切に診療するという強い想いを表現している。
リニューアルから一年が経ち新規の患者が目に見えて増加しているようだ。ロゴマークやサインなどのビジュアルデザイン、空間、そしてウェブサイト。患者に安心感を与える観点では、それぞれの機能だけではどうしても弱いが、今回これらを三位一体で有機的に連動させることで、1+1+1が5にも時には10にもなるということを実証してくれた。利休が美意識を集結させ一期一会の精神で客をもてなしたように、デザインの連動により患者一人ひとりを大切にする想いを可視化できた。


